次回のブラタモリが会津と聞いたので

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次回のブラタモリは会津が舞台だそうです。

これを知って、ブログへすっ飛んできました。

というのも、4月に会津へ行ったのですが、とある場所へ行ったときに「ブラタモリやるとしたら絶対取り上げるだろうな」と思った場所があったので、紹介しようと思った次第です。

その場所は飯盛山にあります。私はさざえ堂が目的で来ましたが、ここは白虎隊が自刃した地として有名です。
飯盛山・入口

中腹に白虎隊記念館があります。
白虎隊記念館

通り過ぎると、なにやらせせらぎが。
せせらぎ

さらに先に進むと、山から水が出てきている?
飯盛山 戸ノ口堰洞穴

右にある看板にズームイン!
戸ノ口堰洞穴の説明

戸ノ口堰洞穴
猪苗代湖北西岸の戸ノ口から、会津盆地へ水を引く用水堰で全長31kmに及ぶ。
元和9年(1623年)八田野村の肝煎八田内蔵之助が、開墾のため私財を投じ工事を行い寛永18年(1641年)八田野村まで通水した。
その後、天保3年(1832年)会津藩は藩士佐藤豊助を普請奉行に任命し、5万5千人の人夫を動員し堰の大改修を行い、この時に弁天洞穴(約150m)を掘り同6年(1835年)完成した。
慶応4年(1868年)戊辰戦争時、戸ノ口原で敗れた白虎士中二番隊20名が潜った洞穴である。

猪苗代湖から水を引いている?しかも31km!?
え?31kmも掘ったの!?
凄いなー。こりゃ絶対ブラタモリが取り上げるぞ。

と、見たとき思った次第です。

でも、誤読していたのがたった今、発覚しました。どうやら掘ったのは150mみたいです。
1832年から3年かけて5万5千人を動員して、なので十分凄いのですが。
でも、あの洞穴に5万人も同時に入って作業なんてできないですよねぇ。いったいどういう意味なんだ。
(看板が紛らわしいと思ったのは私だけ?)

2016年6月21日 追記
『堰』という字には用水の意味もあるみたいですね。つまり、31kmの用水を5万5千人で3年かけて改修したって事でしょうか。その時に洞穴も作った、と。

ん?
でも「弁天洞穴」ってなんだ?「戸ノ口堰洞穴」じゃなかったの?
やっぱりわからん。
追記終わり

猪苗代湖との位置関係はこんな感じです。直線距離で6.5km位ですね。
猪苗代湖からの距離(GoogleMapより)

…ブラタモリのWEBサイトをみると、予想通りこの場所も取り上げてくれるようです。
ちょっと意味不明な点もあるし、他にも勘違いがあったら嫌なので、ブラタモリを見て勉強しようと思います。
放送は2016年7月2日(土) 19:30~20:15です。お見逃しなく!

おまけ・会津の写真を紹介

まずはさざえ堂です。
さざえ堂
中は二重らせん状になっており、入口から入るとてっぺんまで上がってそのあと下って一本道で出口まで出てきます。面白い!
さざえ堂

続いて鶴ヶ城です。会津城とか会津若松城とも言われるようです。赤い瓦が特徴です。普通の瓦だと冬の寒暖差で割れちゃうんだとか。天守は1965年に復元された鉄筋コンクリート造です。
鶴ヶ城

石垣は野面積みでしょうか、とても古そうで、当時のものが残っているようです。
鶴ヶ城・石垣

会津と言えば磐梯山。もっと壮大にそびえ立っている姿を想像していました。まあ、会津自体が標高が高い場所ですしね。
磐梯山

南へ行くと大内宿があります。会津と日光を結ぶ日光街道沿いの宿駅だそうな。
大内宿

大内宿の近くにある塔のへつり。「へつり」は断崖を指す方言らしいです。自然が作り出した不思議な景観です。
塔のへつり

余談ですが、会津の道路には防雪柵がたくさんありました。たぶんこれはたたんだ状態です。
防雪柵

開く(?)とこんな感じです。

折り畳みタイプの防雪柵は珍しく感じたので写真におさめた次第です。
会津の冬は厳しい季節なんでしょうね。地吹雪が吹き荒れる様子が目に浮かびます。

福島・会津はとても良い所でした。

本日の一句
旅行記で 食べていけたら いいのにな


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